#VR英語 :21-1 (VR Jam提出用の文章を書きたいとき)

VR Jam向けの文章を書きたい場合について解説します。

vrjam.challengepost.com


前回の記事で記載の通り、VR Jamで@oukaichimonさんが開発された Gliding Princessの説明文作成をお手伝いしました。

依頼を受けた日がほぼ締切2日前だったので、急ごしらえではありましたが、前回までの記事に書いた審査基準に沿って書くことを心がけました。

そこそこ分量があるので、何回かに分けて説明したいと思います。

元の文章はこちらです。

challengepost.com


@oukaichimonさんからは、

「OcuFesで色々な人に体験していただいた中で、VRの世界の中を自在に動きたいという要望が多かった。でもVR内の移動は酔いを発生しやすくなるし、移動方向を限定するのは自在という要望に反する。移動だけでも楽しいゲームを作りたい」

という趣旨の内容が開発背景と伺いました。

そこで、説明文にもまず背景を入れることにしました。

本日は文章の背景の一部を紹介します。

We have taken place exhibition for Oculus Rift, we call it “OcuFes”.
(See the link about “OcuFes” : http://www.ocufes.jp/en/)
Through 20,000 people’s experience in OcuFes, most of them said that they wanted to walk around the VR world.But both game pad and “WASD” key made them feel sick when they are playing.


[訳の例]
我々は"OcuFes"と呼ばれるOculus Rift向けの展示会を開催してきました。
("OcuFes"については、リンクを参照してください)
20,000人の体験の中で、多くの人はVRの世界を歩き回りたい、と言いました。しかし、ゲームパッドやキーボードの"WASD"キーによる移動では、プレイ中に酔ってしまいます。

(訂正)
申し訳ありません、"take place"を書き間違えていました。また、「何度も開催した」なので、それも入れるべきでした。

take place は「開催される」という意味なので、ここでは、「開催する」を意味するholdを使って、

Exhibition for Oculus Rift has been held by us more than ten times.  

などの表現にした方がよかったかもしれません。

せっかくなので、今回の文章に含まれているmakeについて簡単にまとめました。

f:id:Takyu:20150519223112p:plain

この例文のように、望ましくないけどそうせざるを得ないときmakeを使った表現ができます。

英語では、

「休日出勤のせいで参加できなかった」を

「休日出勤が、ぼくを参加できない状態にさせた」


のように、人でないものが主語になる文章を使うことがあります。
(文法用語では、「無生物主語構文」と言います)

人が主語の場合も、物が主語の場合も、どちらも使われているのを見たり聞いたりしたことがあるので、どちらがよい、というのはないのかもしれません。


なぜこういう表現があるのか、については論文が出ていました。



斎藤,無生物主語構文について,アルテス リベラレス ,第68号 83-93,2001.
http://ir.iwate-u.ac.jp/dspace/bitstream/10140/2708/1/al-no68p083-093.pdf


劉馬康博,日英語の無生物主語構文の認知メカニズム, CULTURE AND LANGUAGE, No.74, (発行年不明)
https://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=6397&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1&page_id=13&block_id=17


後半の方が説明が論理的でした。

あまりきちんと読めていませんが、後者によると、英語と日本語ではそもそも物に対する認知の仕方が異なっていて、英語の場合、状況を客観視する(P.52 Dモード, 主体と客体を分離する)傾向があるようです。

なので、

「台風が僕を遊びに行けない状態にさせた」

というような表現が自然になるようです。

一方、日本語は

「嵐のせいで遊びに行けなかった」

のように、状況を主観視する(P.52 Iモード, 主体と客体を一体化する)傾向があるらしいです。


と、書いていてよくわからなくなってきました。


実は、この説明だと、

英語はなぜ無生物主語構文なの?
→客観視する傾向があるからだ

ということですが、そもそも客観視する傾向があるのかは書いていません。

英語という言語が生まれた背景に何かあるのでしょうか?

この辺りは、もし何かみつかったらまた書きたいと思います。


元のVR Jamからだいぶ脱線してしまったので、今日はここで止めておきます。